仁禮彩香「私たちが日本の教育を変えていく」
今年度から新たな学習指導要領が順次始まり、大きな転換期を迎えている日本の教育界。 より「個」を尊重する教育に変わりつつある中、小学校1年生にして既存の教育に疑問を持ち、教育のあり方を変えようと奮闘してきた人がいる。小・中・高校生に向けて、「自らの人生を切り拓く力」を育むための教育プログラムを提供する会社「TimeLeap」の代表取締役の仁禮彩香(にれい・あやか)さんだ。現在、慶応大学総合政策学部に在籍しながら、起業家として活躍するZ世代の1人である。中学2年生で起業、高校1年生で母校を買収した仁禮さんの体験や取り組みを通して、新たな教育の姿を探ってみた。
小・中・高校生が「自らの人生を切り拓く力」を身に付けてほしい
仁禮さんが代表を務める「TimeLeap」では、小・中・高校生に向けて、「自らの人生を切り拓く力」を育むための教育プログラムを提供している。もともと、自己を表現し、社会とつながることを学ぶ「Leaper School(リーパースクール)」、お金の本質を学び、実際にプロジェクトを体験することでマネーリテラシーを身に付ける「Money School(マネースクール)」という2つのプログラムを実施していた。しかし、このコロナ禍において、新たに「TimeLeap Academy(タイムリープアカデミー)」という第3のプログラムが発足した。
このプログラムは、小・中・高校生に向けた起業家教育を提供している。そして、これこそが仁禮さんが取り組んでいる新しい教育の試みであり、彼女のたどってきた足跡をひもとくカギといっても過言ではない。さらに興味深いことに、その目的は、起業家を育成することにはないのだという。真の目的は、小・中・高校生が「自らの人生を切り拓く力」を育むことにあるそうだ。いったい、どういうことなのだろう。
仁禮さんは、小学1年生で既存の教育に疑問を感じ、中学2年生にして起業。1社目の会社を設立し、教育関連事業、学生・企業向け研修などをスタートさせた。そして、高校1年生の時には自身の母校である湘南インターナショナルスクールを買収。2016年には同じく教育関連事業を主体としたHand-C(現TimeLeap)を設立し、現在に至る。そもそも、なぜ小学1年生にして、既存の教育に疑問を感じ、中学2年生で起業するに至ったのだろうか。そのきっかけとなったのが幼稚園での教育だった。
「感情」と「理性」を分けて、思考することを学んだ幼稚園時代
「私が通っていた、湘南インターナショナルスクールの幼稚園では、何か問題が起こったときや、何かを決定するとき、先生がすぐに介入するのではなく “なぜそう思ったのか” “なぜそのようにしたいのか”、一人ひとりの考え方を聞き、みんなが納得できるプロセスで、子どもたち同士が話し合い解決をしていく。そんな教育を受けてきました。
また、“感情”と“理性”を分けて考えるということも、徹底的に教えられ、その中で『自分はどうしたいのか』という思考を深く身に付けることができたのです。しかし、入学した公立の小学校では何事も先生が決めて、1つの答えだけを求めていくという教育が展開されており、例えば、道徳の授業でも教科書に載った1つの答えが正解で、自分の頭でしっかり考えることができない。それは驚きでしたし、正直違和感が募りました」
ただ面白いことに、仁禮さんにとって、その違和感が日本の教育システムに関心を持つことにつながっていく。その違和感を拭えなかった仁禮さんは以前、通っていた幼稚園の園長先生に直談判。小学校をつくってほしいと掛け合い、2年生にしてその小学校に転入し、理想の教育を受けられるようになった。しかし、今度は自ら当時の違和感の本質を見極めたいと、中学では受験をして再度日本の学校に入り直すことになる。
「私は、小学1年生で違和感を感じて、いったん日本の教育システムから離れました。しかし、その違和感がいったいどこから来るものなのか、対峙してみないと理解することができないと思ったのです」
日本の教育を変えようと中2で起業を決意、出資元も自分で見つける
新しく入り直した中学校では、日本の教育の改善策を探るとともに、新しい教育モデルを提案しようと中学2年生の時、起業を決意する。
「社会の仕組みをもっと早く知りたいと思ったことも、起業の動機の1つでした。起業の資金については、たまたま通っていた合気道の先生が投資家の方で、起業プランを説明し、出資してもらいました。両親は、普通の会社員と主婦ですが、“なぜ起業したいのか、その理由がはっきりしているなら応援する”と言ってくれました。恵まれていますよね(笑)」
アルバイトが禁止されている学校だったので、給与にはストックオプションを取り入れるなど、仕組みづくりには腐心したそうだ。実際始めてみると、理想と現実の壁にぶち当たることもあったが、周囲の理解や、応援してくれる仲間の輪が徐々に広がっていき、一つひとつ乗り越えていったのだという。
そして、高校1年の時には、母校である「湘南インターナショナルスクール」を買収し、経営するに至る。「これは、健全経営のために介入するという形で友好的な買収ですね」
子どもたちには、自分の理想を語れる人になってほしい
仁禮さんはその後、2016年に2社目となるHand-C(現TimeLeap)を設立、現在は大学をいったん休学し、「TimeLeap Academy」の事業に注力している。
「『TimeLeap Academy』では、小学5年生から高校3年生までを対象に起業家としての体験を通して、社会や自分について理解するという、“自己認識”“社会接続”“才能発揮”の3つを柱としたオンライン起業家体験プログラムを提供しています。
もともとは通学型のスクールとしてスタートしたのですが、コロナ禍を機にオンラインに切り替えたことで、全国から受講生が集まるようになりました。申し込みが多数あった中で、現在は選抜された27名の生徒が学んでいますが、実際、子どもたちの反応もよく、これからさまざまな充実したコンテンツを提供していきたいと考えています」
そんな仁禮さんの強みは自分の理想を語ることなのだという。
「実際のビジネスでは、つねに答えのない問題ばかりに直面し、本当にこれでいいのかと苦しむこともあります。でも、起業家の役割は自分の理想を持って、新たな社会への扉を開いていくことにあると思っています。その意味でも、この『TimeLeap Academy』の事業を通して、日本の教育を変えていくきっかけを提供したいですし、子どもたちには、自分の理想を語れる人になってほしいと思っているのです」
日本の教育はもっと多様化すべき、すべては自己を知ることから
では、仁禮さんが考える日本の教育を変えるために今必要なものとは何だろうか。
「日本の教育はもっと多様化すべきだと考えています。そのためにも、今は教育の振り幅をどこまで広げることができるのか。そのモデルケースをどんどん出していく時期なのではないかなと思っています。もしモデルケースがなければ、実際にどんなことができるのかもわかりません。国内の学校でも新たな取り組みを行っているところはたくさんありますが、学校の先生たちは授業以外にやるべき仕事があまりにも多すぎて、時間が足りません。
その解決策としては、先生たちは、本来の仕事にもっとフォーカスして、事務的な仕事を別の人がサポートするような体制を整えるべきだと思います。または教員免許がない専門家でも授業ができるように専門家教員を増やす方法もあると思っています」
そしてさらに大きな問題点として、今の日本の教育では子どもたちが「自分がどんな人間なのか知る課程が少なすぎる」と仁禮さんは指摘する。
「幼稚園や小学校は自己発信の期間なので、大人はそれを受け止めることが大切ですが、中学校からは自分はどんな人間なのかということを、考え始める時期に入るため、それを一緒に考えてくれる大人が必要になります。伸ばせる才能は伸ばし、足りない部分は補っていく。それには多角的に自己を捉えることが何よりも重要になってくるのです」
これから日本の教育を、私たちが変えていく。その強い気持ちで、仁禮さんは「TimeLeap Academy」でモデルケースをたくさんつくり、新たな教育の方法論を探っていきたいと語る。
「私たちの事業で“自己認識”を柱に置いているのも、自分は何者なのかを早く知ってほしいからです。起業家体験をきっかけに自分はどんな人間なのか、わかった状態でアウトプットできたり、そこからまた振り返りができるような人になってほしい。
学校という限られた場所だけではなく、社会も勉強の場として使ってほしい、その中で自己を探っていく。社会を認識するためのいろんな視点を持ってほしいのです。
もし中学、高校で自分の特徴を知ることができれば、その先の進路を選ぶときに、納得できる選択肢を選ぶことができるはずです。ピアノを習ったり水泳を習ったりするのと同じように、起業家経験を通して、実際にさまざまな課題にぶつかったり何かを成し遂げたりする過程で自己を知り、社会と接続する方法を学んでほしい。
私たちの一番の目的は起業家を輩出することではありません。あくまで自らの人生を切り拓く力を身に付けてほしい。そんな願いを持って今事業を行っているのです」